allium cepa

突然の涙のわけを僕は訊かない
水に溶ける悲しさはきっと

誰かのようになりたくて
そうではない自分を嘆くように流れるけど

強くならなくていい
うらやましがらなくていい

変わりたがる君が求めるものは
もう君のなかにちゃんとあるんだから

そっとそっと時間をかけて
焦がしてしまわないように

鍋肌を滑るバターに溶け出させるように
ゆっくり引き出してあげればいい

そっとそっと時間をかけて
焦がしてしまわないように

きっとしあわせはこの手に残る
飴色に変わる玉ネギの匂いのようだね

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una corda

圧縮された不織布の
絃を打ちつける乾いた音のように

僕はあなたのそばにいますか?

調律された炭素鋼の
その調べが凛と響きわたるたびに

僕は怯えていたんだ

あなたの気に入ってくれた僕が
僕と僕の息遣いをあなたから遠ざけてしまうから

もっとそばに行ってもいい?
そんなに響きわたらなくてもいい?

できるだけそっと
そっと僕を奏でるから

圧縮された不織布の
絃を打ちつける乾いた音のように

僕はあなたのそばにいますか?

おやすみ

ひとりじゃない
ひとりじゃないよ

下を向いたままでいいから
耳を澄ましていて

これからほんの少しの振動を
髪を撫でる風のように
君の耳元に送ります

だいじょうぶ
きっと君には届くはず

ひとりじゃない
君はひとりじゃないよ

だいじょうぶ
ちゃんと眠れるからね

君が眠るまで
そこでいっしょに震えてるから
髪を撫でる風のように

そこにいるから
ねっ

おやすみなさい

黒のドローバー

嫌わないで
君のうしろで震えている君を

きっと願う気持ちが強いから
君は君をひとつにまとめようとするけど

怯えて立ち止まりそうな君がいる
いまにも泣き出しそうな君がいる
だから振り向いてあげて
少しの間待っててあげて

頭で思い浮かべる理想の君は
もっと器用に生きられるのかもしれないけど
迷ったり立ち止まったりしないのかもしれないけど

純粋な基音の響きが拡がらないように
それはきっと誰にも響かないよ

君のなかにいるたくさんの君が
不協和に聴こえるそのハーモニクスたちが
君を君らしく響かせるから
きっと誰かに暖かく響くから

嫌わないで
君のうしろで震えている君を

いっしょに泣いてあげればいいよ
きっといつかいっしょに笑ってくれるから

流した涙の数だけ
きっと笑顔は澄まされるからね

radioisotope beam

そんなに不安になる必要なんてない
安定がいつも正しいわけじゃない

安定を望みすぎることはきっと
競うように新しい差別を生むから
誰かを踏み台にして安心するくらいなら
僕は不安定なままでいい

僕は僕の不安定を集束させて
君を射抜きましょう

そのままでいいよ
不安定なままでいいよ

そんなに不安になる必要なんてない
取り繕うように微笑まなくていい

心臓の鼓動が一定ではないように
律せられた鼓動は君を示さないから

そのままでいいよ
君の不安定は独りじゃない

照射された僕の不安定は
君の不安定を知っているからね

笑う平滑面

もっと力を抜いていていいんだって君が気づいたとき
僕は確かにそこにいたけれど

いつしか君は
力を抜くことしか考えなくなってしまった

与えられる安心感のために手を伸ばすこと以外に
君はいまいったいなにをしているの?

安心感という新しい檻に閉塞する君は
かつての閉塞を嘆いていた君じゃない

そう、君が少しも君ではないように
僕は無為に平坦で適度に平滑な
固着されるためのただの場所になる

君が望まない君が望むように
僕は与え続ければいい?

僕は自らが平坦であることに怯えながら
望まない君を抱いていればいい?

君が望む君が望まないように
微笑みさえ平滑に磨き上げながら
僕はここにいればいいの?

震える右手

その震える右手が
疼くように震えるのは
きっと何かを掴みたいからだけど

何を掴んだらいいかわからないから
視界の狭さを嘆くように
疼くんだ
震えるんだ

思うように震えていればいい
できるだけ多くのものの振幅を
それら固有の震えを君に伝え重ね合わせるから

響きあうなら
合図をくれればいい

その震える右手が
疼くように震えるのは
きっと何かを掴みたいからだから

嘆くことなんてない
その震えは響きあうためのものだから

荒くなる呼吸は整えなくちゃいけないけど
そのまま震えていて構わないんだよ

星の見える丘

星の見える丘にだって
いつも星が降り注ぐわけじゃない

星の降り注ぐ夜は
それはそれは素敵だけれども
いつだって降り注ぐわけじゃないんだ

星の降り注ぐ丘の価値は
星が降り注ぐことのみにあるわけじゃない

そこが適度な高みであることの価値は
そんなことのためだけにあるわけじゃない

ねえ
君も星を見に来たの?
降り注がない夜にため息をつくために
君はここにやってきたの?

星の見える丘にだって
いつも星が降り注ぐわけじゃない

星の降り注ぐ夜は
それはそれは素敵だけれども
いつだって降り注ぐわけじゃないんだ

白くなる

快楽に溺れるように
希釈されていく感覚

白くなる
白くなる

君にはわからないだろう
薄まっていく僕は
君の存在とは無関係に
どんどん所在を失くしていくんだ

白くなる
白くなる

どうせ白くなるなら
消え入るように見失うより
まるで最初から見えなかったように

白くなれ
白くなれ

記憶も人格も
触れ合えるべき感覚も

途切れがちな呼吸なんて包み込んでくれなくていい
たぶん僕はただ息がしたいだけなんだ