unnamed

「出会ったばかりだっていうのに、彼女の何がわかるっていうんだ?」
「愛してますよ。それで充分でしょう。」

男が言葉に詰まっている隙に強引にドアを閉める。事情は知らないけど、たぶん奴にはそれを言う資格はない。しばらく待って、ドアの向こうにひとの気配がなくなるのを確認してから、振り向いてみる。

「…ごめんなさい。」
「ごめんなさいかどうかはこれから決まるんだから、別に気にすることでもないさ。」

ひどく小声だし、涙をいっぱいに溜めた目でこっちを見てくれるわけでもないし。こういうときは名前でも呼んだらいいんだろうけど、名前なんかまだ訊いちゃいない。ま、いっそ泣いちゃったほうがいいんだろうし、こっちだって現実としての距離感とか掴まないときついから、頭を軽くぽんぽんと叩いてみる。

「とりあえず、世の中みんなが自分より偉いとか自分より優れてるとか、そういうのやめようぜ。じゃないと僕が君を護れない。」
「…うん。」

それこそ堰を切ったように泣き出した彼女の涙を、僕はよく知ってる。右手に残ってる感触にも特に違和感はない。これが運命だとしたら、掴んでいい運命だろう。あとは抱きしめるだけ。それが始まり。母性本能のようなものに半分身をゆだねて彼女のほうに手を伸ばしながら、それでも僕はどこか迷っていた。

「…ありがとう」

聞こえたんだ。まさに彼女の肩に触れようとした瞬間。ほんとに聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声だったけど。それですべてが繋がった。妥協でもなんでもなく、これでいいんだ。もう迷わない。僕は初めて彼女を抱きしめた。できるだけ強く、できるだけ優しく。

「急にどうこうできるとは思わないけど、僕は君のその怖がりをなんとかしたいと思っている。」

頷く隙間なんか残しちゃいないけど、彼女が確かに頷いた気がした。

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