coherence

伏目がちな日常
せめて夢の中だけでもと

すがるような気持ちで
目を強く閉じすぎるから

目を閉じたまま見る夢は
ただでさえ仄暗い世界を

手も届かないくらい
遠ざけてしまうけど

照らすでもなく
導くでもなく

瞼に映る
赤い光

細く細く
ただまっすぐに

あなたへと伸びる
赤い光

歩み寄るでもなく
声をかけるでもなく

いつもあなたが
そこにいてくれるから

押し殺した感情を
細く細く伸ばして

小指と小指を
絡ませるように

乱れてしまいがちな
胸の鼓動の色の

まっすぐな糸で
つながっていられるんだ

どうか眠れるまで
そこにいてください

そばにいるみたいに
そこにいてください

いつかあなたの笑顔をもっと
近くで見られますように

そしてその笑顔に
笑顔で応えられますように

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空を飛べる日

小さいころから、自分は空を飛べるんだと思ってた。いや、今でも飛べると思ってる。だからときどき確かめたくなる。

「いい風だ」

なびく髪で風のかたちがわかるくらいの風。このくらいがいい。つい目を閉じてしまうような強い風は、いろんなものを見失うから。

「たぶん、信じてる」

信じる信じないっていう話に可能性の程度を表す副詞なんてつけたら、無責任だって怒られるかもしれない。だけど、信じるっていうのは虚実の二択なんかじゃない。自分の背中に翼があるかどうかとか、その翼が飛行に耐えうるものかなんてことを、いくら必死になって追認識したって空は飛べない。空を飛ぶっていうのは信頼関係なんだ。信じるべきものは風であって、翼じゃない。だからって盲目的に信じると風の機嫌が悪くなるしさ。

「んなわけで、よろしく頼むわ」

ゆっくりと走り出す。ちょっとずつ歩幅を広げていく。風が興味を示してくれたら、地面を蹴る感覚がだんだん軽くなっていく。つま先が地表を引っ掻くような感じになったら、ちょっとだけ強く地面を蹴る。それだけで、何歩かぶんを軽く飛び越えるだけの揚力は貰えるから。その長い一歩を、身体いっぱいで深呼吸するように感じたら。あとは、なにごともなかったように着地して、また歩き出す。

「ありがと」

それで充分なんだ。空を飛ばないとできない用事があるわけじゃない。そんな奴の気まぐれにずっとつきあってるほど風は暇じゃないし、気長でもない。

「だいじょうぶ、まだ飛べるよ」

おとぎ話は、手の届かないものばかりじゃない。たまに手にとってみるといい。一年ぶりくらいに会う友人と、食事でもするみたいにさ。

contrail

「なんでため息かなぁ」
「あ、ごめん」
「いいよ別に。そんなに悲しそうじゃないし」
「んま、ちょっと安心したからみたいな」
「うん」
「それにしてもねぇ」
「ん?」
「用事ってほどのことじゃないとは聞いてたけどさ」
「なかったでしょ?」
「ないねぇ」
「うん」

「でもまぁ」
「うん」
「これはこれでいいかな」
「そうそう。こんな天気だからね」
「うん」
「外でサンドイッチとか食べるとちょっと幸せじゃない?」
「ま、そうだけどさ」
「ん?」
「何が挟まっててもいいってわけじゃないでしょ?」
「そりゃ、好きな具材のほうがいいけどさ」
「うん」
「挟まってるってことに意味はあるわけで」
「サンドイッチだからね」
「うん」
「んま、噛みしめてみるよ」

「あのさ」
「ん?」
「わさびバターもけっこういけるんだよ」
「そうなの?」
「うん」
「そうなのかもしれないけどね」
「んま、脇役だからなぁ」
「ていうかさ」
「ん?」
「目新しく感じちゃダメなわけでしょ?」
「ま、落ち着かないよね」
「そんなに簡単じゃないよ」
「うん」
「黙られても困るんだけどさ」
「あ、ごめん」
「いや、いいんだけど」
「うん」
「つまりあれでしょ?」
「ん?」
「飛行機雲は雲なのか、みたいな話でしょ?」
「雲には違いないんだけどね」
「うん」
「完全に自然現象ってわけじゃないからさ」
「でもほら」
「ん?」
「水蒸気にしてみればさ」
「んま、他意があったわけじゃないよ」
「でしょ?」
「うん」
「じゃ、雲ってことでいいんじゃないの?」
「そうかな」
「そうだよ」
「うん」

「たいていさ」
「ん?」
「まっすぐだったり、白かったりするじゃないの」
「そうだね」
「だから、照れくさいんじゃない?」
「そっか」

「でもさ」
「ん?」
「ありがとね」
「うん」

springlike

春を待つ君はまるで
永遠のように眠る

君が待っているのは
春そのものじゃなくて

ひとりじめしても
怒られないくらいの

ずっと触れていられる
確かな温もり

僕は春じゃないけど
春のような素振りで

春を待っているはずの
君を迎えにいくよ

春なんてどこにも
なかったとしても

それがふたりだけの
季節の始まり

大丈夫だから
ゆっくり出ておいで

君に積もる土に
そっと口づけを

いつか君が纏う色が
君らしくあるように

まだ冷たい土に
そっと口づけを